「…あれぇ?リョーマ君??」

「何?俺が待ち合わせより早く来てたら変?」


少し拗ねたような表情をする少年に、茶色の髪の少年は笑って誤魔化してみせた。

本当は天地がひっくり返るぐらいに変な事なのだが、この可愛い少年を怒らせると後が恐い。

茶髪の少年はそんな事を思いつつ、黒髪の少年の手を握った。





> 花火大会





「…何、その情けない顔」

「酷いなー。リョーマ君の浴衣姿に見惚れてたんだよ」

「うわ、それでそんな顔になるわけ?」

「リョーマ君の事、愛してるからね。何事も愛でしょ、愛!」


握った手にギュッと力を込めて、千石は幸せそうに笑う。

『花火大会の時、浴衣着てきて!』 …少し強引だったが、確かに約束を取り付けた。

けれどリョーマは乗り気に見えなかったので、多分私服で来るんだろうなぁと千石は思っていたのだ。

本当に浴衣を着てくれたリョーマに感謝して、その姿をマジマジと見つめる。


「…そんなに見ないでよ、恥ずかしいなぁ…」

「んー、やっぱ可愛いね。欲を言えば、女物が良かった…ってウソウソ!怒らないで!」


その言葉に握っていた手をパッと離したリョーマに、千石は泣きつくようにすがった。


「冗談にも程がある。そんな格好したら、アンタに襲われちゃうでしょ」

「…あー…ははは」

「やっぱり」


否定しようとしない千石に、リョーマは呆れたように溜息をついた。


「…でさ、どこで見るの?俺、こんなに混んでるとこヤだよ」

「勿論、リョーマ君が満足するとこ見つけてあるよ」


現在地はとある神社内なのだが、出店が近くなので人がかなり多い。

先程から人にぶつかってばかりいる。


「リョーマ君、喉渇いてない?移動する前に、ジュース買ってくるよ」

「あぁ、有難う。俺ファンタがいい」

「うん。じゃあそこの木のとこで待ってて?すぐ戻ってくるから」


リョーマは特に深く考えず、コクリと頷いて木の近くへ移動した。

千石もその姿を見送って店へ向かう。





「…はぁ、清純遅い。店が混んでるのかなぁ」

「ねぇー、君一人なの?良かったら俺達と一緒に回らない?」


声がした方をリョーマが見ると、いかにも軽そうな男が三人、リョーマを品定めするように見下ろしていた。

…軽そう、と言えば恋人の千石もそうだが。それ以上の度を越えていた。


「…結構です。一緒に回る人いるから」

「でも遅いじゃん?今頃他の女ナンパしてんじゃないのー?」

「!!」


リョーマはその言葉にビクリと反応した。

付き合うようになって女遊びはなくなったようだが…決してないのかどうか、自信が無かったのだ。

嫌な所を男達に指摘され、リョーマはふるふると唇を震わせた。


「ね?そんな男よりも俺達の方がいいじゃん」

「………」

「あれ、もう拒否しないんだぁ?じゃあ行こうよ」


リョーマが言葉を返せないで居ると、一人の男が腕を強引に引いた。


「…ッヤダ!清純…!」


パシャッ


「な、なんだぁ!?つめてぇ…!」


急に降ってきた液体に、男の一人は眉を歪ませた。が、次の瞬間には表情を凍らせる。


「なぁ、何してんだよ。その子は俺の大事な子なの。…分かるよな?何を言いたいか」

「あ…!お前は千石清純…!?い、いや、千石さん!まさか千石さんの女とは知らなくて…はは、失礼しました!」


焦ったような男は、リョーマを諦める事に納得してない二人の仲間を引きずるようにして逃げて行った。

千石はリョーマに駆け寄ると、そっと頬に触れた。


「大丈夫だった?怪我はない?」

「う、うん…。あの、清純って何者??あの人、恐がってるように見えたけど…」

「あー、まぁ…いいじゃん!あんな奴さ」


千石は先程男にぶっかけてしまった、自分のウーロン茶が入っていた容器を握り潰すと、ゴミ箱へシュートした。

何だかその背中が寂しげに見えて、リョーマは千石の浴衣の裾をギュッと握り締めた。


「…リョーマ君?」

「俺、清純が思ってるよりも…清純の事好きだよ。出来れば、全部話して欲しい…」

「…敵わないなぁ、リョーマ君には」


千石はリョーマの手を引き、人目のつかない林の中へと入る。

そして木の幹に身体を押し付けると、熱っぽく唇を奪った。


「んん……?!きよ、すみ…?」

「俺はね、不良って奴なの。この辺取り締まってるチームの若頭ってやつ」

「!?」


初めて聞かされた、千石の秘密。リョーマが一瞬ビクリと肩を震わせたのを見て、千石は苦笑した。


「やっぱ嫌でしょ?そーいう危ない奴と一緒に居るのって」

「……そういう事じゃなくて!なんでそんな大事なこと教えてくれなかったの!?」


リョーマの迫力に、千石は呆然とした。

どうやら先程の震えは怯えたのではなく、怒りを溜め込んで震えていたらしい。


「俺ッ、そんなに恋人として頼れない?そんな事で清純から離れたりしないのに…!」

「…ごめん。でもリョーマも俺の事、あんま信じてなかったでしょ?」

「え?」


千石はリョーマの髪を撫でると、寂しそうな笑顔を浮かべた。


「あいつらが、俺が他の女の子ナンパしてるんじゃないかって言った時…否定しなかったよね」

「あ…聞いてたの…?」

「ほんとはもっと早く助けれたんだけど…リョーマが否定してくれるのを待ってた」

「…御免なさい。清純はいつだって、俺を優先してくれてたのに…」


シュン、と落ち込むリョーマを見て、千石は額にそっとキスを落とした。


「ま、不安にさせてた俺も悪いからね。…これからは、俺も隠し事はしないから」

「俺も清純を信じる…」


二人の視線がかち合い、どちらともなく唇を合わせた。

そしてその瞬間、夜空には光の花が咲いた。


「…あー、綺麗…」

「あちゃ、折角穴場見つけてたんだけどなぁ」

「クス…そこは来年連れてってよ?此処も人居ないから、俺は嬉しいし」


千石の腰をギュッと抱いて、胸に頭をすり寄せるリョーマ。

そんなリョーマを千石は大事そうに抱いて、暫くそのままで居た。

空では大輪の花々が、二人を祝福するように咲き乱れていた。